はじめまして。「パソコンスキルの教科書」の運営者の武田です。当サイトではエクセルマクロを使った業務効率化の方法からキャリアアップの方法まで情報発信を行っています。
私は、これまで法人や個人向けにエクセルでの業務効率化を行ってきました。企業のデータ解析から売上予測までビジネスに直結する基幹システムをエクセルマクロで作成してきました。
企業では、非IT部署に勤務していましたが、VBAをゼロから勉強し、実際に業務で活用していました。その結果、一年で100時間以上の業務効率化を行ってきました。
また、社内のパソコン講師として、新入社員からベテラン社員まで指導することで、仕事に必要なパソコンスキルを伝えてきました。
実は、マクロは、単にプログラムを作るだけでは意味がありません。そうではなく、本当に効率化して成果が出るように、仕事の全体設計から組み立てる必要があります。
そのためには、仕事の流れを組み替える必要がありますし、人がいなくなっても手をかけずに自動で処理してくれるための導線も考えなければいけません。そうすることで、ようやく効率化できるようになります。
マクロというのは、有効に活用すれば大きな武器になります。たとえマクロを使わなくても、仕事ができる人は共通して、仕事の全体設計を考えています。この事実を理解したうえで、仕事全体の設計を考えていく力を習得することが大切です。
もちろん、私も最初からこれらを行うことができたわけではありません。多くの試行錯誤をした結果、いまのようなマクロを通じた仕事の最適化をコンサルできるようになりました。
そこで、まずはなぜ私がエクセルマクロを教えるようになったのかを話していきます。
もともと、私は東大院卒です。このように聞くと、すごい人と思われるかもしれません。実際に私も東大院に入学したとき、人生安泰だと思っていました。いいところに就職して、高い給料をもらって、何も心配はないとさえ思っていました。
しかし、現実はそう上手くはいきませんでした。
友人たちが次々と有名企業に就職が決まる中、私は就職活動がうまくいきませんでした。とりあえず、博士課程に行って就職を先延ばしにしようと考えました。しかし、教授とケンカして博士課程の進学はなくなり、就職もできない。私は無職になってしまいました。
一方で、東大院の友達は、外資系コンサルに就職して年収700万弱。それを聞いて、その友達にはなにも言わずに逃げるように地元に帰りました。
そんなとき、追い打ちをかけるように、大学時代に付き合っていた子から連絡が来ました。「来年から医学部生になるから」と。その子は、心理系の大学院に進み、もともと念願だった医学生になったのです。
「皆、人生うまくいっているのに、自分ときたら・・・。」
この時期から、誰とも会いたくなくなり、友人の結婚式にも参加しなくなりました。東大に行けば、いい会社に行くことができるんじゃないのか。友達にそう思われるのが、つらくてたまらなかったのです。
でも、連絡をとりさえしなければ、バレることはない。大学院卒でかっこいいままの自分でいられる。そのため、昔の友達から連絡が来ても返事をしませんでした。いつか逆転して、かっこよくなって尊敬される自分を取り戻す。そう心に決めたのでした。
それでも、お金がないと始まらないので、地方で仕事を探しました。大学院卒だから、すぐに見つかると思っていました。しかし、そうカンタンにいくものではありませんでした。
企業に応募しても、面接すら受けることができませんでした。もう本当にイヤになってしまって、派遣社員で取ってくれたところに行きました。年収は200万台でした。大学院の同期は、都会でキャリアを積んで年収も700万弱。その差は3倍。
今頃、楽しくやっているんだろうなあと思うとツラくてしかたありませんでした。しかも、私の居場所は超田舎。関西の山奥で、電車が一時間に一本しかない場所でした。
初めての出社の日、学歴を部署全員の前で公表されたり、「なんで派遣社員なの?」「就職活動失敗したの?」とギクリとなるような質問をされたりしました。また、私の人生最初の上司は年下の高卒の人でした。
その上司に仕事ができる自分をみせるために朝8:40始業なのに、5時台に出社して仕事をしていました。手をガラスで切って、労災級のケガでしたが、周りに言まず、黙々と仕事をしました。そんな状況が、もう悔しくてたまらなかった。
派遣なんてやめたい、そう思い続ける一方で、もうダメなんじゃないかと思ってもいました。しかし、他部署のある先輩がいつも励まされていました。その先輩に「君はここにいるべきではない」って言われたことを今でも鮮明に覚えています。
つらい状況になっても、かならず助けてくれる人がいるのだと、言葉にできないくらい、今でも心から感謝しています。
その気持ちに応えなきゃと思い、英語の勉強を始めました。転職のチャンスがあるならと。大学院の時代に、英語でプレゼンしていた経験があったから、それを面接でアピールできると考えたからです。
今思えば、もっといろいろあっただろうに、20代中ごろ、そこまで考える知恵もありませんでした。とにかくTOEICを勉強しました。帰宅してから、深夜まで勉強。結局TOEICは770までスコアをあげました。
このときの面接では、「なぜ無職になったのか?」と聞かれて、「海外留学の勉強をしていました。」と真顔で答えました。TOEIC770で海外留学ってできるのか。と内心ドキドキでしたが。結果は合格でした。
ついに正社員に転職したのですが、工場勤務でした。それでも、ここで経験を積んで、もっといい会社に転職しようと考えていました。できれば、英語の仕事を経験して、海外の仕事をしたい。そうすれば、昔の友達にも胸を張って会えると思っていまいした。
しかし、現実は、英語の仕事などまったくありませんでした。英語の仕事があっても、本社勤務の人の仕事でした。これでは、何の経験もできない。資料のための資料ばかり作って、いったいに何になるのだろう、といつも思っていました。
そんなとき、たまたまエクセルの仕事を依頼されました。データ集計を効率的にやってほしいという依頼。当時、私はエクセル初心者でした。大学院卒とはいっても、非IT系の分野だったので、エクセルについては何も分かっていませんでした。ただ理系出身だから、という理由で仕事の依頼がきたのです。
それでも、何かやる方法はないかと思って、1週間かけて、エクセル関数で完成させました。一部エラーがありましたが、データ集計はできていたので、依頼主には喜んでもらえました。
うれしい反面、悔しさもありました。もっとうまくできたのではないか。そこから、エクセルについて調べるようになりました。上手にやる方法を探し、たまたま3日の仕事が3分になる方法というメッセージを見つけました。それがエクセルマクロとの出会いでした。
エクセルマクロについて、いろいろと調べていく内に今の仕事の多くをボタン一つで終わらせるのではないか。と思うようになりました。しかも、自部署にはエクセルマクロを使える人は一人もいません。もしかすると、この状況はチャンスなのではないか。そう思いました。
そこから中毒になるくらいエクセルマクロを勉強しました。土日は全て、家に帰ってから、ひたすらマクロを作りました。ゴールデンウィークも夏休みもパソコンの前に座って、マクロのコードを書き続けました。エラーを解消できず、投げ出したこともありました。
勉強して数ヶ月で、グラフの自動作成マクロを作り、10時間以上の業務効率化を達成。気づいたころには、マクロの基本をマスターして、実務をガンガン効率化していきました。
その結果、会社の仕事を年間で100時間以上削減したのです。会社の評価査定が上がり、年収が100万円上がりました。このとき「ああ、自分はできるんだなあ」と実感しました。
それからは、社内の4000個分のアンケートを自動で集計するシステムを作ったり、20人以上かけてやっていた仕事をマクロを組んで自分1人でまわしたりするようになりました。そのあと、なぜか英語の仕事が回ってきて、私だけ平社員なのに、マネージャーしかいない海外会議に地方拠点の代表として参加することになりました。
こういった成果が認められて、社内講師として、新卒社員からベテラン社員まで、エクセルマクロやパソコンスキルについて教えるようになりました。
そして、分かったことが1つありました。
エクセルマクロを使えば、仕事の仕組みそのものを変えることができます。しかし、多くの人はマクロを知らないから、面倒な仕事を一つひとつ手作業でやる方法しか知りません。
もしエクセルマクロができるようになっても、仕事の仕組みそのものに注目できないと、仕事で使えるマクロを習得することはできるようにはなりません。
実際に、多くのパソコンスクールでは、プログラムだけを教えておわりです。しかし、いくら10-20万円などのお金を使ってマクロを学んだとしても、それが仕事の効率化につながらなければ、言葉は悪いですがゴミでしかありません。
そうではなく、正しくエクセルマクロを学べば、VBAの知識が深まるのは当然として、仕事全体を最適化し、さらには継続的に仕事で成果を出し続けることができるはずです。
エクセルマクロは便利で、ムズカシイものではありません。正しくマクロを学べば、自然と仕事の全体を見通す力も得られる。
これほど仕事につかえるスキルはないのに、なぜもっと多くの人に気づいてもらえないのだろう。もっと、この魅力について伝えることはできないのだろうか・・・
私は、学歴さえあればなんとかなると何も考えずに生きてきましたツケがまわり、本当にくやしい思いをしてきました。
それでも、なんとかしようと思えたのは、自分をあきらめたくなかったこと、いつかこの経験が誰かのためになるときが来るはずという気持ち、それだけでした。
そして、ようやく培ってきた経験を伝えるときが来た。これが、私はこのサイトを運営する理由であり、私がかつて抱えていた悩みや苦しみと同じ状況にいるかもしれない人たちに伝えたいことです。
私は、このサイトに訪問してくれるあなたには、会社だけでなく社会に貢献できるだけの力があると信じています。そうでないなら、わざわざこのサイトに来たりしません。
もしあなたが自分の能力を信じ、もっとできるようになりたいと考えているのであれば、私が学んできたことをあなたに惜しみなく提供します。
私はこれまでに多くの人に助けてもらいました。そして、次は私がその誰かをサポートする番だと思っています。